
メーカー:ホンダ 年式:1965 車名:S600
国:日本 MEMBER ID:2072
ホンダS600(1965年式)ってどんな車?
「出すからには、世界一でなければ意味がない。」——
これは、ホンダの創業者・本田宗一郎が残した言葉です🔥
その言葉どおりに生まれたのが、このS600——愛称「エスロク」。
バイクメーカーだったホンダが、本気で自動車の世界に飛び込んだときの、魂のような一台🏎️✨
🌟 水冷直列4気筒DOHC・606ccエンジンに4連キャブレターを装備
🌟 最高出力57馬力——当時の軽自動車をはるかに上回るパワー
🌟 最高速度145km/h、レッドゾーンはなんと9,500rpm
🌟 車重わずか720kg——軽快な2シーターオープンスポーツ
🌟 アメリカの自動車誌が「ロータス・エランを連想させる」と絶賛した、世界が認めた国産スポーツカー
💬 このお車のヒミツ
このS600が生まれた背景には、ホンダならではのこだわりがあります。
エンジンをよく見ると——4連キャブレター、等長エキゾーストマニホールド……
これ、当時ホンダがF1に投入していたレーシングエンジンと同じ設計思想なのです🏁
バイクのレースで磨き抜かれた技術を、そのまま市販車に注ぎ込む——
「市販車だからといって妥協しない」という本田宗一郎の姿勢が、このエンジンに凝縮されています⚙️✨
そしてもうひとつ——
S600には、当時の日本では誰も乗り越えられなかった壁がありました。
「赤い車は消防車だけ」——当時の法律では、乗用車のボディに赤色を使うことが禁じられていたのです。
しかし本田宗一郎は諦めませんでした。
新聞のコラム欄で世論に訴え、運輸省と何度も交渉を重ねた結果——
ついに許可を勝ち取り、日本初の赤い乗用車が誕生したのです🔴🎉
🍀 クラカフェ豆知識
デビューしたばかりのS600が、いきなり世界に挑んだ話があります🌍
1964年9月——ドイツのニュルブルクリンク500kmレース🏁
全長20km以上を走る、世界でも屈指の過酷なサーキットです。
そこに日本からS600が乗り込み——1000ccクラスで優勝🏆
ドライバーはニュージーランド出身のデニス・ハルム選手——後にF1世界チャンピオンになる人物です🌟
小さな日本のスポーツカーが、本場ヨーロッパのサーキットで勝った瞬間。
「日本車」が初めて世界に認められた、歴史的な一日でもありました🇯🇵✨
この勝利から60年——今もこうして現役で走り続けるエスロクは、ただの旧車ではなく、日本の自動車史そのものです🌹
